2015年10月25日
今日は「三河の小京都」と呼ばれる愛知県西尾市にやってきました。名鉄西尾線の西尾駅前の駐車場に車を停め、小京都探訪に出かけます。
観光マップを参考に駅前から西方向に進むと北浜川という川が流れていていました。堤沿いに散歩道が整備されているので、この道を北の方向に進んでみます。
伊文神社という大きな神社の前にあった案内。ここは西尾城の天王門という門のあった場所だそうです。
伊文神社の前を通り過ぎ、北に少し歩くと妙満寺というお寺がありました。ここから西に進み図書館のある方をめざします。
「鶴城公園」。西尾市の図書館があるところです。ここはもともと「岩瀬文庫」という岩瀬弥助という人が建てた私立図書館があり、現在は「古書の博物館」となっていて有名だとのこと。家来は全く何の知識もなく、ただ公園の文字を見てやってきたようです。私が遊べる場所を探していたからね。
博物館の前の広場にはフリーマーケットのようにテントや露天で古書の販売がされており、家来と私も覗いて回りました。でも私がいるので博物館の中には入りませんでした。博物館近くに露天のお店がいくつか並んでいたので家来はその一つのお店でハンバーガーとハーブのソーダを注文しました。できるまで少し時間がかかるらしいので、私はすぐ前の庭園風になった一角を散歩して時間をつぶしました。
ハンバーガーができたので家来が食べます。どうやら待つ甲斐のあった美味しいハンバーガーだったようです。
鶴城公園の広場で少し遊んだ後、家来と私はお城のある方向をめざしました。途中でコンクリート工場の敷地に迷い込んだりして右往左往もありましたが、なんとかお城のある「西尾市歴史公園」にだどりつきました。
これが「鍮石門(ちゅうじゃくもん)」という名前のお城の門。家来には完全に読めない漢字です。私はまだ漢字の勉強をしていないので読めなくても当たり前。(その度に家来から「ひらがなも読めない」というツッコミ。別に字が読めなくても猫ちゃんの人生にさしたる不都合があるとは思えません。)字からいうと真鍮(しんちゅう)に関係あるらしい。
ここが「旧近衛邸」の入り口。公家の邸宅があるということは西尾藩の格の高さの一端を示しているのでしょう。
家来がちょっと覗いた「旧近衛邸」の様子です。お茶の提供もしているようですがあまりそういうものに縁のない家来は見るだけで退散したようです。
この後、本丸の方に移り、家来のみ本丸櫓(天守閣ではないとのこと)に登ってきました。「ペットは入れません」という「お触れ書き」があったので私はここで待つことにしました。
本丸櫓(やぐら)を家来が見た後、お城の東側に出て、そこにあった「西尾資料館」(写真)に家来は入りました。西尾の歴史を勉強してきたようです。私は入り口のところで待っていました。
「西尾市歴史公園」を出て北に少し行くと、道の東側に「城下町歴史小径散策路」と書いてある案内を見つけたました。この小道に入って行くことにします。
細い道を進むと小学校の前に出て、さらに進むと「尚古荘」というお屋敷の門がありました。尚古荘が何なのか知らない家来は門の中に恐る恐る入って行きました。
どうやら昔の庭園のようで庭の見学もできそうなので、私も入ってみることにしました。
庭をぐるっと通過しただけですが、表通りに面した尚古荘の入り口に出てきました。
「西尾市歴史公園」が観光マップの南端のようだったので北に向きを変えました。マップにしたがい古い建物が並ぶ「大手門通り」の町並みを通過したところにあった「西尾城大手門城址」の標識です。大手門がここにあるということはやっぱり相当大きなお城だったんですね。
さらに「魚町通り」という古い街並みを北に進み、東側に向かう路地を入っていくと「順海町の路地」という時代劇に出てくるようなところに行き着きます。この後もおおむね観光マップに示されたルートに沿って歩き西尾駅に戻りました。家来と私は多分うわべだけしか見られなかったと思いますが、それでも充実した町めぐりとなりました。歴史のある町歩きを深く楽しむのには予習が不可欠と家来は反省もしたようです。「三河の小京都」探訪はこれで終了。